Besteh! Besteh!

印象論で何かが語られる。オタク、創作、時々、イスラエル。

リハビリテーションと2018年上半期映画私的ベスト3

はじめに

 実に一年ぶりのブログ投稿になる。

 どうして今更再開したのかというと、ここ1年専らtwitterばかりやっていて、twitterばかりやっていると、twitterをやるときの思考形式で物事を考えてしまうから、つまり、多様性の確保、とは言い過ぎだが、自分の言葉を伝えるメディア・選択しが多いには越したことないし、先述した通りにtwitterをやるときとはまた別の思考で文章を書く、という行為の必要性をなんとなく感じたからこうしてブログ文章を書いているというわけです。

 

 今の一文でなんとなく書き方を思い出してきた気がする。

 

 物を書く上で一番難しいのはそのテーマを決定することだと個人的に思う。語彙の選択や文章の構成を考えたりすることよりも、何を書くか、これを決定することが一番重要で一番難しい。

 アナロジーで書く。筆者はごくまれにイラストを描く。アマチュアのアマチュアなのでそんなにテクニックや知識・経験があるわけではないけれど、イラストの中で一番時間を要するのはキャラクターのポーズや表情を決めることである場合が多い。作業ペースがべらぼうに遅いというのもあるが、ペンタブを握っている時間の大半はペンも動かさずにポーズや表情を考えている、もしくは考えるのを諦めている。

 アナロジーが長すぎる。確かに書く(描く)目的を考えるのは重要で難しいのだが、それよりももっと重要で意義のあることはとにかく手を動かすことだとも思う。嘘か真かは知らないが、池波正太郎は弟子になりたいと希望してきた若人に「とにかく文章を書くことだ」と諭したらしい。事実かどうかはともかく、筆者もそう思う。

 イラストもそのはずなんだからもっと描けよ。

 なので今回の記事の目的は最初に述べたもの、思考の多様化とメディアの確保、を文章それ自体のメタ的な目的として、文章の内容はとりあえず描きやすい映画の話にする。もう既に8月に差し掛かろうとしているけれど、とりあえず個人的にも総括したいので2018年上半期に筆者が見た映画について簡単ではあるけれど文章化していきたい。

 とりあえず、この記事はそうした構成になっているので消費者の方々はご安心ください。生鮮食品の生産者情報に生産へのモチベーションを表記する必要はどこにもないが。

 

 筆者も含めてブログを途中でやめてしまう人って文章を書く理由を見失ってしまうからなのかなとなんとなく思う。他人のことはわからないが。

 

 今年からキネマ旬報のやってる映画鑑賞記録サービスで視聴履歴をつけることにしました。筆者がそんなに映画を見ていないことがわかるかと思いますのでご参考までに。

マキノ猶一さんのKINENOTE

 

 2018年上半期映画私的ベスト3

 最初に結論から書く方が性に合っている。

 

1.『ビューティフル・デイ

監督:リン・ラムジー、配給:クロックワークス、制作国:イギリス・フランス・アメリ

 

2.『ラッカは静かに虐殺されている

監督:マシュー・ハイネマン、配給:アップリンク、制作国:アメリ

 

3.『ラブレス』

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ、配給:クロックワークス・アルバトロス他、制作国:ロシア

 

 正直に言うと、どれがベストワンでも問題ない。なので1位の『ビューティフル・デイ』から順々に書いていく。ベスト3の意味あんのかよ。

 

1.『ビューティフル・デイ』 ―観客不在の共感覚不可能性

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 とりあえず、今年上半期で「良かった」と言うとまず最初に、反射的にこの作品を挙げることになる。

 元々はアメリカの小説家ジョナサン・エイムズの短編小説で、これをイギリスの映画監督リン・ラムジーが映画化した作品だ。ジョナサン・エイムズについては邦訳も本作のものしかなく、あまり情報がない。コロンビア大卒、わかりみ。

 映画のあらすじ。ホアキン・フェニックス演じる"ジョー"こと元軍人のカタギでない男が、ある日御偉い議員さんから誘拐された娘の救出を依頼される。ジョーは殺しと誘拐救出のプロだ、娼館に跋扈する薄汚い男どもを抹殺せよ!……となるはずが、ある時点からストーリーは大きく転換しジョーは血生臭い陰謀に巻き込まれていく。

 あまり細かいことは言わないし、もし本作を観ることがあったら細かいところを見る必要はないと助言したい。ストーリーはシンプル、画面もシンプル、特に考察がどうとかそういうものではない。

 では見たらだいたいわかる映画かと言うと、そういうものでもない。むしろ何もわからん。フラッシュバックするジョーの過去も、ジョーの思考や行動も、何が何なのか皆目わからん、理解できないし、答えは用意されていない。

 いや、答えは確かにあるのだろうけど、それは観客の手に届くところにはない。だから、答えを見つける必要はない。ただ観客はスクリーンに映し出される映像に追随していくしかない。次のカットを予測するどころの話でない。俺はジョーでない。ジョーの思考も感情も俺が知るはずがない。ない、ない、ない。はい好き。

 なんか何も言ってない感想だな。でもそんな感じなので困る。思うに、「面白い」という感覚は理解不能/共感不可能性と密接に結びついてると思う。わかってるものを見たって仕方がない。想像の上を行かれるから我々は面白いものを面白いのだと感じるのだと、なんとなくそう考えている。

 その意味で、本作は共感不可能性を多分に秘めた作品だ。置いてきぼりにされる観客はひたすらにジョーの行方を追う。気が狂ったようなジョーの行動一つ一つに観客は見とれてしまう。突如現れる暴力に反応して、緊張感を孕んだ音楽が脳髄に染み渡れば、次には幻想的な映像。3分前の映像と整合性が取れない。なんでこんなことしてんだ/なってんだ?とひたすらに画面を追い続ける。

 ジョニー・グリーンウッドの音楽は耳に心地よく、また同時に鼓膜に障る。非現実的な幻想シーンではきらきらと輝いて、重苦しい暴力と殺人の空間では胸をざわつかせる。情緒不安定で、完璧な映画音楽だ。レディオヘッド聞き直すか。

 KINENOTEのレビューにも書いていたが、この作品はPCゲーム『Hotline Miami』を想起させる。共感不可能なキャラクターに暴力の嵐、情緒不安定な音楽、何処にも用意されていない答え、劇はプレイヤーを差し置いて勝手に飛んでいく。映画館で途中から感じていたのは、あのゲームをやっていたときの心地よさ(もしくは心地悪さ)だったのだと思う。

 共感不可能性が表現する面白さ、それを体現した作品ということで、極めて個人的な動機に基づいて上半期トップに挙げておきたい。

 

 ちなみに最初に書いたジョナサン・エイムズの原作だと、映画では断片的にしかスクリーンに登場しないジョーの過去・経歴や、確実ではないが陰謀の実態が説明されていたりする。筆者は映画を見た後に読んで楽しめたが、逆の場合は、どうだろうか、スクリーンに映されていないことを知っていると筆者の感じていた面白さが薄れてしまう気がする。しかしやはり、映画同様シンプルな文体に無駄のない構成と、雑な感想だがアメリカ文学っぽさを感じられるのでこちらもオススメしておきたい。

 

2.『ラッカは静かに虐殺されている』  ―想像の限界を超えるメディア戦争

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 申し訳ないことにいきなり愚痴から入ります。本作を観る前に同じ劇場で同じくシリアを題材にしたドキュメンタリー映画カーキ色の記憶』(名作、眠いが)を観たんですけどなんか前方のおっちゃん?がガチャガチャ機械か何かを動かしていてめっちゃうるさかった。タイピングしているような音だったが、シリア人のトラウマと懊悩を前にしてよくそんな行為に及べるなと感心した。だから俺はミニシアターに来るような人間が嫌いなんだ。以上。

 

 本作は名前の通りシリア紛争の中でイスラム国に占領された都市ラッカでの虐殺や抑圧をテーマに、それを世界に報道しようとしたシリア人ジャーナリストたちの活動を映したドキュメンタリー映画だ。

 最初はアサド政権に対する市民の抗議運動だったはずだが、あれよあれよとエスカレーションしていき政府軍vs市民軍の内紛になって、何処からやってきたのか、何故かラッカは黒装束のイスラム過激派集団に占領されてしまう。そして暴力による抑圧が始まり、ラッカのジャーナリストたちは立ち上がる。

 なんと言っても衝撃的だったのはジャーナリストとイスラム国との間で交わされるメディア戦争その様態だ。ジャーナリストらはラッカで情報収集に務める国内組と、国内組からの情報を世界に発信するためにトルコやドイツで活動する国外組に分かれる。どちらのチームも、大規模な通信設備は必要なく、パソコンとスマートフォンが専らの武器になる。それだけあれば、世界に虐殺の情報を発信する能力になる。実に現代的だが、おおよそ現代で為されたものとは思えないイスラム国の前近代的な処刑、晒し首、市中引き回し、その他暴力がスマートフォンの画面に映し出される倒錯性には眩暈を覚える。

 更に異常なのはジャーナリストに対する報復行為だ。中近東だけでなく、EU圏でもテロが起きていることが示す通り、イスラム国の構成員は国外にも潜伏している。そうしたテロリストがジャーナリストたちの後を追い、拠点や隠れ家を見つければ写真に収めてSNSに殺害予告とともに投稿する(本当に映画の悪役みたいなキャプションが付くので悪い笑顔が出てしまう)。

 加えて、イスラム国のインターネットを用いたプロパガンダもなかなかクオリティが高い。先述の殺害予告による恫喝だけでなく、イスラム戦士の募集のためのPVの出来には目を見張るものがある。映像の中でイスラム戦士たちは統制の取れた精強な兵として映り、また別の映像ではFPS視点で悪いヤツらを射殺していく戦闘映像が流れる。発展途上国で制作されたアクション映画のような演出で、十分な教育を受けていない青少年なら間違いなく影響を受けるだろう。やってること、言ってることは反近代的でややもすれば蛮族だなんて形容したくなってしまうが、持ってる技術は明らかに高度に現代化されている。この歪な構造(!)。

 筆者や読者のみなさんが今もこうして利用しているインターネット空間は、上記のような戦争や虐殺と直結している。「世界中の人と繋がれる」などという陳腐なインターネット観はもう見飽きた。繋がった先に出てきたのは処刑映像と生首と殺害予告だ。「何を今更、昔からそんな情報はインターネットに氾濫していただろう」と言う方もいるかもしれないが、個人的には、狂気と暴力に満ちた凄惨な現実がそのままインターネットにリンク・直結していくこと、相手もインターネットを多分に用いた戦略を展開して政府や公的機関の介在しない情報戦争が起きている、という事実に陳腐さは微塵も感じない。

 現実は明らかに我々の想像力を超えている。高度な通信・映像技術を持つ反近代虐殺集団と林檎印のついたスマホとノートブックPCを武器に戦うジャーナリスト集団……。不謹慎な言い方だけれど、起きている現実はそんじょそこらのフィクションよりもずっと想像力に富んでいて面白さを感じてしまう。

 歪な現実とネットを介して我々に隣接する戦争、異様な現実・現象に圧倒されるこの映画は間違いなく今年の私的ベストに入る。

 

3.『ラブレス』  ―性愛をやめろ、性愛をやめろって言ってんだよ

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 ニコニコ動画の広告で目に入って見に行くはめになった。なんでニコニコで広告やってるんだ。

 

 3位っぽく書いてるけどこれが一番でも良かった気がする。事実、気分によってはこれがベストに上がる。ランキングなんてそんなもんです。

 あらすじ。現代ロシア社会、自己愛が強くSNS中毒のためにスマートフォンを片時も手放せない嫁と、子供にも無関心で家庭を忌避する仕事第一の夫というエゴイズムに満ちた夫婦関係は破綻して離婚に向けて話が進む。家も売りに出して夫婦はそれぞれの交際(不倫)相手と次の人生を進もうとしている中、突如として子供が失踪。夫婦は互いを口うるさく罵り合いながらも、警察やボランティアの力を借りつつ子供の行方を捜すというストーリー。

 人間の性愛についてこれでもかと愚劣・醜悪に描いた傑作。性愛と生殖の果てに憎悪に満ちた夫婦と不幸な子供は生まれ、惨憺たる有様になっても夫婦はまた別の異性を見つけて性愛を繰り返す。最悪。性愛をやめろ。

 ストーリーにそれほど起伏はなく、暗色の絶望感がスクリーンを支配する。曇天のロシアは冷たく、鈍重な気分にさせる。ただどこか、冷たい画面に映る構造物たちは美しく見える。共産主義を想起させる集合住宅や巨大なパラボラアンテナ、冬の森に崩れたままの廃墟、超然と佇むそれだけは美しく、その下で人間たちは無力に動いて愚かに罵り叫ぶ。この退廃的な対比が非常にエモーショナル。

 先述した通りストーリーに大きな展開があるわけではなく、緩やかに降下しながら最後に着地点を見つける。特に何かが解決するわけではない。ネタバレになるが、発見されたそれが夫婦の子であるとは誰も断言しないし、どうしてそうなったかまでの経緯も不明で、ただ子供は永遠に夫婦の下には戻らないだろうということだけが判明する。

 そうして夫婦は不倫相手と新しい生活を始めるのだが、結局のところこの新しい性愛も不幸を生むだけだ。画面は再び色彩を欠いて暗色が支配し、元夫婦の二人はただ空虚な表情を顔面に張り付かせる。

 ラストシーン、個人的にはウクライナ紛争のニュース映像が流れる演出が非常に気に入っている。人類は愚かなので性愛も戦争もやめられない。性愛をやって憎しみをやってまたウクライナで戦争が起きて人間が死んでいく。監督の人類嫌い感が伝わってきて非常に良かった(小並感)。

 鳴りやまない性愛と憎悪の繰り返し、人間は辛い。生殖をやめろ。ロシアの冬は寒い。冬に佇むアンテナは美しい。静かで退廃的で、ロシアと人間の感情が大好き(大嫌い)な人は是非視聴してほしい。

 
おわりに

 3作分も一気にレビュー描くのキツい。ベストワンだけでよかった。いやでも『ビューティフル・デイ』も傑作だし『ラブレス』も名作なんだよなあ。

 とりあえず目的を決めて文章を書くこと、という一連のワークを完遂できたので内容のクオリティ如何に関わらず満足でした。完璧を目指すよりは完遂する方が重要だとどこかのオタクは言っていた。

 上半期ベスト3を書いてしまったからには下半期ベスト3と年間ベスト3もやらなくてはいけないだろう。めんどくさいですね。気になるのは『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』の続編とテンギス・アブラゼ監督(グルジア)の『祈り』3部作……でもまだ『カメラを止めるな!』とか見れてない。そんなに時間はない。大人1枚1800円は結構高い。

 ほどほどに飽きない程度にテーマを見つけながら、文章書いていこうと思います。