Besteh! Besteh!

印象論で何かが語られる。オタク、創作、時々、イスラエル。

バイクの免許を取得した話

はじめに

 つい先日バイクの卒業検定に合格し普通二輪に乗れることになった。

 厳密に言えば免許センターで免許の更新手続きをしないといけないのでまだ免許を取得したわけではないが、とりあえず免許の発行自体は確定したといっていいだろう。

 

 この記事では、週末に川沿いを散歩するかアニメを見るか、あるいはなんか文章を書くかしか趣味がないアラサー社会人オタクがどのようにして普通二輪免許を取得するに至ったかを、とりあえず個人的な振り返りとして記録するともに、もしこれから普通二輪免許を取得しようとする人がいたらひとつのケースとして参考にしてもらえればという今ここで思いついた目的に沿って紹介していきたい。

 

 なお、マジの初心者が卒業検定に合格したレベルの話なので、自動車やバイク好きの人からしたら「んなんあたりめーだろ」と思う部分もあると思うが、どうかご容赦いただきたい。テメーに容赦されたところでこっちは何も思わねーけど。

 

免許取得の動機/自民党と自動車の王国・群馬から来た男

 とりあえずモチベーションは大事だ。

 当初の動機としては行動範囲の拡大のためで、より具体的に言うと東京・神奈川エリアから少し離れて移動する際の足としてバイクを取得しようと思ったのだった。2年前に北関東を一人で旅行した際に、鉄道とバスを乗り継いで行ったのだが、目当ての旅館や温泉そのものは良いとして、それ以上に何か行動しようとすると何かしらのエンジンを持った乗り物が必要であることに気づく。ちょうど旅館の周りを散歩しているときにツーリング中のバイクを見て、「あれええなあ」と思った瞬間は決定的だった。

 地元・群馬を離れて10年近く経っているのですっかり忘れていたが、日本は車社会である。北関東の温泉や旅館に限らず日本の社会・経済・産業そのものが物質的にも機能的にも自動車に深く依拠しており、既に自動車という存在は日本国民のアイデンティティに深く関わる象徴的存在である。そして、北関東・群馬出身者である俺にとって自動車という存在はそうした象徴的な次元に加えて実存的な問題にも関わっている。車を趣味にしていた親父はガソリンスタンドで働いているときに母親と出会い、二人とも中古車販売業で金を稼ぎ、俺というガキを育てていたわけで、俺の人生の基礎部分はガソリンと中古車で成り立っているといっても過言ではない。俺はその事実を絶望的なまでに忘却しており、俺は民族的アイデンティティを喪失していることにも気づかないままヒップホップと殺人と愛の街・川崎でディアスポラに苦しむ放浪の民と化していた。俺は北関東の民としてアイデンティティを取り戻さなければならない。この歳になるまで国道17号・18号、関越自動車道を自分の車で走っていなければ自民党と自動車の王国・群馬県出身者を名乗る資格はないように思えた。

 じゃあ車買えよ、もう免許(AT限定)もあるじゃねーかよ、と思うのだが車は大きくてなんかめんどくさそうなのでバイク免許を取ることにした。ペーパードライバーだし、誰か他人を乗せる予定もなければ車で細かい道走るの嫌そうだし。そんくらいの感覚である。俺は時々両親への罪悪感に苛まれることがある。

 

入校手続/MTで取るかATで取るか

 幸いにも近所に教習所があったのでそこに通うことにした。入校にも予約が必要だというので電話して予約するも、「当日の入校手続きには運転免許証と免許証のパスワードが必要です」と言われて「運転免許証のパスワード?????????」と混乱するが、ありがたいことに本籍地の記載がある住民票を添えればパスワードは不要だと言われたので当日は堂々と自動車と自民党の王国・群馬が本籍地として記載された住民票を提出した。

 一般的なカレンダーという誰かが決めた秩序にしたがって働いている社会人なので当たり前だが教習には土日祝日と休日に合わせて通うスタイルになる。教習所もそういう社会人向けのコース・スケジュールを用意しており、とりあえず土日に予定が入ることもない独身オタクはさっさとフルに教習予定をぶち込んでスケジュールを完成させた。なお、自分が入校した際は「教習生が多い」との理由で学校が用意している一番自由なスケジュールコースは選べず、一定の段階ごとにスケジュールを決定するコースとなった。スケジュールは教習所のホームページからスマホでポチポチ予約したりキャンセルできたりするのでかなり手軽な印象だった。

 ちなみに料金は16万円強。ここ数年間散歩とアニメしか趣味がなかった俺にはカスみたいな金額である。俺は強い。

 

 ただし、入校するにあたって少しだけ悩んだポイントがあった。マニュアル免許かオートマ限定か、という問題である。恐らく自動車やバイクが好きな人間なら迷わず前者を推すと思うのだが、個人的にマニュアル免許に対する微妙な忌避感があり、半分オートマ限定に傾いているところがあった。

 微妙な忌避感とは何かというと「なんで数十キロのスピードで走る二輪に跨りながら手足でガチャガチャ操作しなきゃなんねーんだよ。あぶねーだろーが」という思考が割とあったのと、免許取ったら乗りてーなと思っていたのが当初はホンダのフォルツァPC160のようなビッグスクーターであったこと、それから人生で何度か「AT限定免許はダサい」という一種のマニュアル免許所有者によるマウントを経験し(自動車と自民党の王国・群馬ではよくある)、逆張りオタクなのでマニュアル免許に対する嫌悪感とまでは言わないが一種の抵抗感があったことが理由として挙げられる。

 しかし、結論としては汎用性などを考慮したり経験者からのアドバイスに従ってマニュアルで免許取得し、この選択は間違いではなかったなと振り返ってみて思う。理由としては複数あるが、とりあえず一番に言えることは「教習の難易度はマニュアルの方が低い」ということだ。どういうことかというと、低速時の安定性はマニュアル車の方が高いので、教習コースの各課題である一本橋スラロームS字・クランクの難易度はオートマに比較して低い。また、教習を受けて初めて知ったがマニュアル車クラッチを繋げるとアクセルなしに勝手に微速で進む(普通AT自動車のクリープ現象と同じ感じ)。このため低速・微速ではアクセルが不必要なので上述の各種課題でアクセル操作が省略されたりする。

 逆にオートマ車は初心者にとって低速の微妙な調整が難しく、かつニーグリップ(膝で車体を挟んでバイクを安定させる技術)ができないので、低速でのコントロールが一番に要求される教習コースが走りづらい。マニュアル車の課程の中でオートマ車の体験乗車があるが、上述の理由で最初の乗り出すときにかなり苦労した思い出がある。

 上記の他にもバイク市場は圧倒的にマニュアル車がメインであることなどを考えると、マニュアルで取得した方がオートマ車がメリットが大きいと考える。

 ただし、あくまでこれらは個人的な経験に基づく話なので、最初から「特定のスクーターに乗りたい」「あくまで通勤用に二輪の免許を取得したいのでマニュアル車に乗る予定はない」などの考えがあればオートマ限定でも構わないと思う。教習に使われるオートマ二輪もホンダのシルバーウィングで、初心者からするとバカでかい上にバカ重いし、上述の通り教習で苦労することもあるかもしれないが、免許取得していきなり400ccクラスのスクーター乗る人ってそんないねーだろ。そもそも市場に400ccクラスのスクーター自体があまりないしと思わんこともなくはない(もちろん普通二輪免許を取得するにあたって区分上最大排気量である400ccで教習を受けることが重要なのはわかるが、そういう現実とのギャップも一方ではあるだろう)。

 車種についてもマニュアルに比較すればオートマは当然選択肢が限定されるが、通勤やビジネスなどの街乗りに最適化されたものもあれば、250cc以上の排気量で遠出やツーリングに適した車種もあるわけで、デザインもフォルツァとかBMWC400GTとかスポーティでかっこええやんと思う。あと乗り物として重要な積載量やユーザーフレンドリーさを求めるならスクーターでもというかスクーターの方が全然ええやろ。なんでわざわざ不便なMT乗らなあかんの。

 そんなわけで、「色々考えたけどオートマ限定で免許取得するよーん」という人がいれば個人的にはその決定を応援したい。気に入らなかったらあとで限定解除すればええ。

 

2BK-MF13 2018年式 フォルツァの諸元・スペック情報 | ウェビック (webike.net)

フォルツァかっこいいよフォルツァ

おわりに

 どうでもいいがアラサー独身男性がバイク免許取りに行くの「本当にコイツ独身人生決めに入ったな」というソリッドな感触がある。

 

 次回、技能教習編。捕まえることのできない妖精のようなニュートラルギア、消えることを知らない不滅のウインカー、それから俺今何速で走ってるんだっけ? 教官の優しさと気遣いが春先の雨のようにアラサー独身男性の心に沁みるぜ。(次回はありません)

2023年冬アニメ1話感想。

 オタクたちと定期的にオンラインアニメ上映会をしているので備忘録的に記録していきます。とりあえず1話段階での2023年アニメの感想です。

 今期はポストモダンというか、脱中心的というか、非線形のアニメが多い印象でアニメがマジでわからなくなってきたので、理解するための手段としても記録・言語化はちゃんとやっていきたい。

1. ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん

 作品構造が異常に複雑で脚本のテクニカルさが際立つアニメ。ハイゼンベルク不確定性原理を物語に落とし込んだのか? 見ればわかるのだがあらすじを書くのがかなり難しいので見てください。「悪役令嬢ものゲーム異世界」に介入する「青春ラブコメ」にまた別方向からの介入や観察が入り多元的な物語の推進力が視聴者を上下左右未来過去からぶん殴ることになる。『はめふら』から更にメタ構造かつ青春ラブコメを足したような作品。

「令和のアニメは引き算を知らんのか」との声がオタクたちから上がったが、制作は老舗の手塚プロダクションで、脚本は『うる星やつら』『おにいさまへ……』からのベテラン・金春智子、演出は1960年代から虫プロやサンリオ映画で活躍してきた波田正美、監督も『ジャングル大帝』(新版)『おにいさまへ……』『ブラックジャック』に参加していた吉村文宏など、アニメ業界の古参スタッフがクレジットに並んでおり昭和から令和を貫くアニメ文化史を感じさせる。

 上記のイカれた物語構造にヒロインのリーゼロッテ・リーフェンシュタールさんも普通にツンデレヒロインをしているので視聴継続する。

tsunlise-pr.com

 2. 老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます

    不幸が続いたあとに不慮の事故で異世界転生して……というイントロは異世界転生の一般的なそれだが、転生先の世界と生前の現実世界を往復できる能力があるのが作品中のギミックになっている……と思わせておいて、一番おかしいのは作品全般に沈殿する思想だろう。ヒロインの異常なタフネスさや行動原理は明らかに共感できるものではなく、最も重要であるはずのタイトルにある目標を設定するまでのロジックは何一つわからなかった。イントロから異世界転生した先の世界観や事件から出発するモチベーションではなく、唐突にゼロから始まる目標設定が視聴者を不安にさせる。何もわからないまま作品のモチベーションが決定されて「俺は何を見ていたんだ?」と見終わったあと茫漠とした不安感に襲われた。不安定な基礎の上につくられた家に住むような興奮がこのアニメにはある。視聴継続。あと軍事考証がいるの何?略称「ろうきん」は普通にやめた方がいいと思う。

roukin8-anime.com


3. お兄ちゃんはおしまい!

    今期はアニメで恐怖することが多い。引きこもりでアニオタの独身ニートである主人公が天才的な頭脳を持つ妹に薬を盛られて少女の身体に変えられるといういわゆるTSもの。キャラデザはあらゐけいいちを思い出させるデフォルメの強いそれなのだが、異常性欲が強すぎて主人公の身体を描くときにやたらとリアルな幼女趣味的な作画が顕現し、そのコントラストに恐怖は絶えない。監視カメラを理由とした俯角・仰角・パースに凝ったカメラワークも怖いし、令和のこの世にカジュアルにジェンダーを反復横跳びする価値観もひやひやする。最も根源的な恐怖を感じさせるのはエンディングアニメーションで、カメラの中に存在するありとあらゆるものを動かそうとするアニメータの強い信念を通り越したリビドーだ。これを毎週見せられるのかと思うと脳が髄から恐怖のアラートに震える。視聴継続。

onimai.jp


4. もういっぽん!

    女子高生×柔道部活もの。柔道だからかキャラデザが全体的に丸く、刺さる人には刺さるだろうなと思う。突拍子もない演出やキャラクターを入れることはないストレートなスポーツ部活ものだが、まだ一話だと具体的な目標が見えてこないので地味な印象を受けてしまう。アニメ作品としてクオリティは安定しそうなので今後の展開に期待したい。 

ipponagain.com


5. テクノロイ

    『戦姫絶唱シンフォギア』『ヴィジュアルプリズン』の上松範康がプロデュースする女性向けアイドルアニメ。東京の半分が水没し、労働の大半をアンドロイドが担う未来世界を舞台に、主人公のアンドロイドたちが人助けをしつつ芸能活動で評価される天空闘技場みたいなタワーでアイドルのトップを目指していく話。上松作品なので世界観・キャラクター・構成がイカれていることに恐怖はしないし、むしろ安心できる。突拍子もないSF世界観とアイドル活動の組み合わせは2022年最高傑作アニメ『Extreme Hearts』を思い出す。

techno-roid.com


6. 犬になったら好きな人に拾われた

    性欲アニメ。主人公が突然捨て犬に転生してクラスのヒロインに拾われてラッキースケベを体験する、というコンセプトらしいが、ヒロインがやけに犬に性的なアピールをしてくるところがなんだか怖い。こういうホラー映画あった気がする。

inuhiro-anime.com


7. トモちゃんは女の子!

    ボーイッシュなヒロインが幼馴染の男子高生に女子として見なされず思春期的悩みをどうこうというコンセプトのラブコメ。こういうラブコメ漫画を中学生のときにスクエニ系の漫画雑誌で読んでた気がする。たぶんガンガンウィングでやってたと思う。と思ったらこれ星界社なんだ。主人公と幼馴染のラブコメはシンプルで型通りなのだが、主人公よりキャラ付けが重く複雑な友人が関与することで作品全体の複雑性が向上しており、「このアニメわからない」が発生する。幼馴染と友人の関係性が重すぎて主人公が負けヒロインみたいなポジショニングになっており、わからない。わからないので視聴継続。最近のアニメ難しすぎないですか?

tomo-chan.jp


8. お隣の天使様に駄目人間にされていた件

    なろう発でGA文庫で書籍化された青春ラブコメ小説が原作。男子高校生の主人公が学校の美少女にある日偶然傘を貸したことをきっかけに、食事をつくってもらったり家の掃除をしてもらったりすることになる、というのがコンセプトだが最初から主人公が駄目人間な気がしないでもない。ヒロインがつくる料理が筑前煮や肉じゃがなどやけに渋い。こういうワンコンセプトのラブコメはワンクール保つのかという不安がついてまわる。それはそれとしてどことなく2000年代のギャルゲ原作の空気がある、その原作ギャルゲだとヒロインは既に死んでいて物語の終盤でそれが明かされて墓参りに行くラストシーンがあった気がする。

otonarino-tenshisama.jp


9. 氷属性男子とクールな同僚女子

    SNSにあるワンイシュー漫画っぽいなと思ったらpixiv発の漫画が原作で、現在はガンガンpixivに連載中とのこと。こっちがスクエニ系だった。雪女の末裔で緊張すると周囲に冷気や吹雪を発生させてしまう主人公と会社の同僚で表情の変わらないクールな雰囲気のヒロインとのラブコメアニメ。突拍子もない世界観・ギャグに「尊い」ラブコメ展開、絵の雰囲気も柔らかめで個人的には安心して見られる枠になる。一方で原作が掌編漫画だからそうなるのだがショートショート集になり、かつワンイシューなので、こっから作品全体の軸をマンネリさせずにどう構成するのかが不安ではある。15分アニメでもよかったんじゃない?と思うが脚本の金春先生に期待。それはそれとして気を抜くと狐の耳と尻尾が生えてしまうハイテンションOLはかなり攻撃力が高い。

icpc-anime.com


10. 異世界のんびり農家

    農業舐めんな。テクニカルな作品が多い今季アニメの中で解釈のための体力を使わない貴重なアニメ。

nonbiri-nouka.com


11. 最強陰陽師異世界転生記

    平安時代の日本の陰陽師がヨーロッパ風の異世界に転生して……というかなりテクニカルな構成のアニメなのだが陰陽道の解釈が独自すぎて上記のコンセプトがまるでわけのわからないものになっている。

saikyo-onmyouji.asmik-ace.co.jp


12. 解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ

    杉田智和がずっと孤独のグルメみたいにモノローグするアニメ。

ankokuheishi-anime.com


13. Revenger

    ニトロプラス虚淵玄が原案・構成の時代劇もの、というか必殺仕事人。テクニカルな作品が多い今季の中で正方向の物語をやっておりもはや古典的な印象さえ受ける。線形の物語って平成までらしいです。

anime.shochiku.co.jp


14. ツルネ

    京アニ弓道部活アニメ。1期やって劇場版やってのあとの2期で前作は見てませんでした。男子高校生の半裸をこんなに性欲丸出しで描いていいわけがないだろ。ちゃんと見れば丁寧な青春スポーツアニメなんだろうなという確信がある。でも対戦相手と直接バトルするわけじゃない弓道は難しそう。

tsurune.com

 

15. 冰剣の魔術師が世界を統べる

 漫画の『マッシュル』みたいな話?タイトルの読み方もよくわからず、作品のコンセプトもよく分からなかった。作画もなんだか気の抜けた印象が否めない。Bパートのギャグみたいな演出をもっと走らせると面白くなりそう。

www.tbs.co.jp

16. 転生王女と天才令嬢の魔法革命

 キャラクターの造形を『リコリス・リコイル』に引っ張られすぎてない?これもキャラというか作品のモチベーションがどこにあるのかパッとわからなかった。あとこれ百合なんすか。もう俺アニメ向いてないかもしれん。

tenten-kakumei.com

17. 齢5000年の草食ドラゴン、いわれなき邪竜認定

 人々から恐れられる老ドラゴンが実は草食系の心優しいドラゴンだったという勘違いコメディ。bilibili動画とKADOKAWAの制作でスタッフとスタジオは中国がメイン。ほんわかした画の雰囲気がよい。ただコンセプトは面白いがギャグ・コメディのパンチが一話時点では中途半端。良い意味でだらだら見るくらいがちょうどいいかもしれない。

soushokudragon.jp

18. 久保さんは僕を許さない

 not for me。周囲になかなか気づかれない体質の主人公と、クラスで唯一主人公に絡んでくる女子生徒・久保さんの日常系コメディ。久保さんに弄られることが作品のメインコンセプトだが個人的には久保さんの絡み方ががいじめの構図にしか見えず、視聴はちょっと難しいと感じた。『イジらないで長瀞さん』とか『からかい上手の高木さん』とかと同じジャンルらしい。

kubosan-anime.jp

19. あやかしトライアングル

 矢吹健太朗原作の漫画のアニメ化。最近はアニメでオタク向けの性欲描写を見ることが多かったので矢吹漫画の少年漫画的な性欲描写がやたらと懐かしく感じたというかこれって平成レトロじゃない? それとTS本当に流行ってるな。

ayakashitriangle-anime.com

20. Buddy Daddies

 もうP.A.worksは『アキバ冥途戦争』で仕事の定義を見失ったらしい。殺し屋二人組がある仕事がきっかけで少女の親代わりをすることになるというのが作品の軸だが、『スパイファミリー』の後追い感は否めない。ちょっと導入の演出・ロジックが雑、ルパン三世を薄めたような作品の雰囲気もパンチ不足が否めない。難しいね。

buddy-animeproject.com

21. 英雄王、武を極めるため転生す

 ファンタジー中世な世界で国を打ち立てた英雄が武道と戦いを求めて異世界に転生したら少女に転生してしまって……というあらすじ。これもTSもので恐ろしいよほんと。それから異世界から異世界に転生することあるんだ。幼女が突然剣士たちを倒したら双方メンツ丸つぶれでは。あと剣術と魔術の組み合わせは卑怯らしいがそのラインがこっちはよくわからん。悪くはなさそうだかよくもなさそうという印象。

auo-anime.com

22. とんでもスキルで異世界放浪メシ

 異世界転生したら外れスキルだったが実はそれがチートスキルだった系。サラリーマンから転生した主人公は異世界でイオンのネットスーパーが使えてお金を払えば好きなときに好きな商品を取り寄せることができるという、かなりぶっ飛んだ設定で初見インパクトがでかすぎて良い。スキルを使って何か大きなことをしようとせずに真面目に異世界ファンタジー世界を冒険しようとしているところやキャラクターたちが真摯にそれぞれ自分の役割を全うしているところ、何より実在の企業名をちゃんと許可取って使用しているところが好印象だった。視聴継続。

tondemoskill-anime.com

 

2023年の所信。

1. 創作・同人

ユーゴスラヴィア魔法少女小説シリーズの完結
• 即売会3回以上の参加。内一回は東京外の開催
• 構成・脚本術に関する勉強
• 1枚/月以上のイラスト作成
• 漫画を一作完成

2. 趣味

多摩川散歩踏破(二子玉川羽村
• 週一回以上の散歩
• 普通二輪免許取得

3. 仕事

• 残業40時間/月未満維持
• 有休取得1日/月以上

4. SNS

はてな・インスタグラム・pixiv等の活用によるTwitterからの段階的離脱
はてなブログの月1回以上のアップロード

5. その他

• 飲酒にかける費用15,000円/月以下
• 飲み会の記録
• 安酒禁止

• 絶対に酔い潰れない

2022年サークル活動の総括

 この文章は、手足もかじかむクソ寒い通勤電車の中、あるいはエアコンのリモコンを紛失してクソ寒い自宅の中で執筆されています。

 今年もそろそろ一年が終わりそうなのでサークル活動振り返りの時期です。「あんま活動してないだろ」とか言われるのも癪なのでちゃんとこういうの残すのは大事です、大事だろ。大事だって言え。

1.新刊と寄稿

2022年は新刊一冊、寄稿を二本執筆・頒布した他、pixivに一本の短編をアップしています。本当はもう一冊くらい書けてもいんじゃねと思いましたが多分これが現状の実力ベースです。

(1)新刊『V/C[P]』

 

新刊『V/C[P]

 新刊として頒布したのは一次創作小説『V/C[P]』でした。11月の文学フリマ東京で初頒布としました。

 本作は武装女子高生とディストピア社会を組み合わせたナンセンスなバイオレンスアクションと、いった作品で、昨年にも同じような創作をしていましたが、一種の「くだらなさ」あるいは「意味の無さ」をターゲットとしていました。あまり意識したことはなかったのですが「国家」や「歴史」、「暴力」といった大きな物語に対して「無意味さ」で抵抗していくという対比構造が(ニヒリズムとしてではなく)好きなんだと思います、多分。

 文体の面ではスピード感やバイオレンスの表現のために体言止めを多用したりところどころで韻を用いたり、つまりそれって詩とヒップホップじゃんと気づいて、それになったかどうかはわかりませんがヒップホップの言うところのライミングやフロウのような表現を強化しました。やってみてライミングは本当に頭フル回転させないとできないなと痛感し、書くのもだいぶ疲れたのでもうやりたくねえなと思いましたが書き終わると不思議なことに再チャレンジしてみてもいいかなと思っています。

 ちなみに作品をイメージするにあたってよく音楽を利用しますが、本作においてのそれは下記の三曲です。

大神/大怪我

MURO/Chain Reaction

MACKA-CHIN/適当強盗

 昨年に公募の講評で弱点とされた構成の方ではあまり昨年から成長がなかったなというのが正直なところです。ここを克服する手段があまり具体的に見えていないので、とりあえずまた脚本術とかプロットの作り方とか勉強するかなという気分です。気分なので覚悟でも決定でもないです。

 同人誌を印刷するにあたっては今回初めて文庫版サイズとしました。今までずっとA5サイズだったのですが、文章が圧縮されている印象と、それから「くだらなさ」をペーパーバックみたいな形にしたかったのだと思います。ちょっと編集が面倒でしたが文庫版にしてみて、これは結構いいなというのが感想です。

 個人的に書くのに色々と工夫したり苦労したりフロウしたり、初めての文庫サイズの作品なので作者としては結構気に入っていますが、読者からすると上述の構成の弱さにリーダビリティの弱い文章なのであんまりエンタメしてねえかもなと思う次第です。こういうときのために「好きな人は好き」という表現があるんやぞ。

 在庫全然あるんでBOOTHで通販してます。よろしこ。

juken.booth.pm

(2)寄稿「クストリッツァ映画レビュー集」

(『征論』(兵勢社)所収)

 大学時代の歴史オタクの友人らと編集した歴史系評論同人誌『征論』にクストリッツァ映画のレビュー集を寄稿しています。同誌はコミックマーケット100にてサークル「兵勢社」より頒布しました。

 クストリッツァ、そんな作品数ないし行けるやろと高を括っていたら割と時間がかかってしまったり、面白いと思ってた作品がそんなに面白くなかったり、キャリアが進んでいくにつれて過去の縮小再生産になりがちな部分を見せられたいと正直しんどい部分もありましたが一度はこうやって総括レビューをすることも評価やレビューの精度を上げる上で重要だなと痛感する次第。映画監督、初期作品の方が作家性が尖って新規性がある分面白くなりがち問題。

 『征論』全体の編集にも関わらせてもらいましたが、本格的にアカデミックな寄稿もあり、歴史系同人誌としてかなり内容の充実した論考集になっているのではと思います。お買い求めの場合はBOOTHより通販を承っています。

juken.booth.pm

(3)寄稿「銃と少女のエントランスと浸透解体戦術」

(『ボクラ・ネクラ 第五集』(不毛連盟)所収)

 こちらも大学時代に所属していた文芸サークルのOB・OGらが主催している文芸批評サークル「不毛連盟」さんに呼ばれて寄稿したサブカル批評の記事です。

 ①で紹介した『V/C[P]』がそうであるように「銃と少女」(Girls with Guns)をモチーフにしたアニメや漫画が好きなので、これについてその歴史を紐解いたり、ジェンダー論的な視点から批判を加えたりしつつ、「銃と少女」の批評的可能性を拓こうみたいなそんな野心をモチベーションにした論考でした。

 一方で横断的な歴史を語る上での経験不足や、特にジェンダー論については切り口がざっくりしすぎてしまったな、知識不足だな、と思うところが十二分にあるので今後の勉強ポイントです。

 映画レビューもそうですが、論考や批評を書くのは思考の整理として創作のエンジンになるので積極的にやっていきたい。

 

2.イベント参加

 2022年のイベントは直接サークル参加したものとして6月の文学フリマ岩手と11月の文学フリマ東京の二つになります。これについても本当は地方イベントにもう一個出たかったんですが仕事の都合とそもそもそんなに頒布する新刊がないので諦めました。

 

(1)第七回文学フリマ岩手(2022年6月19日)

 前者の文学フリマ岩手は土日の一泊旅行として、土曜日を盛岡観光、日曜日をイベント参加にしてみましたが、これが結構満足度高く正解でした。昼前に新幹線で駅についてちょっと身の回りを整えてから、地元のうまいもの食って郷土・歴史資料館とか美術館行って、チェックインしてちょっと酒飲んで、イベント近くのホテルなら当日朝もゆっくりできるのでかなり充実度があります。東北は酒がバチバチにうまいのが良い。

 イベントも確かに規模は東京のそれよりも小さいですが、頒布数としては東京とそんなに変わりませんでした。会場もすぐに一周できるので、あっち行ってこっち行ってみたいな大変さがないのもよい。

 それなりにお金は掛かりますが、もう旅行と割り切ればこれはこれで全然ありだと思います。ただ日曜の夕方に終わって新幹線に乗って帰宅するのが割と夜遅くで翌日出勤なのはおじさんにはしんどい。
f:id:J_Makino:20221222223223j:image
f:id:J_Makino:20221222223439j:image
f:id:J_Makino:20221222223403j:image

酒の写真ばっかりじゃねーかよ。

(2)文学フリマ東京35(2022年11月20日

 前日に飲み会でガバガバ酒飲んで二日酔いで参加したことは覚えています。

 正直に言うと予想より頒布数が少なく厳しさを感じました。元々セルフPRが苦手な人間ですが、一応使えそうなツールを色々使ってみてそこまで伸びなかったのでこういうのはもっと泥臭さが必要なんだろうなと痛感しています。同イベントは歴代文フリの中で最大参加者数で、これ自体は喜ばしいことでしたがその中であんまり頒布できなかったのは結構ショックでした。頒布数のためにやっているわけではないですが、頒布しないと意味はないところでもあるので、ここはまた課題かと思います。ポスターとかお品書きを抽象的にやるのやめた方がいいよ。

 

 来年も文学フリマを中心に複数回参加できればと考えています、5月の文学フリマ東京と地方文フリ1~2回、それからもし可能だったら久々にコミティアコミケへの参加も考えています。

 

3.収支

赤字だっつってんだろ。

4.総括と2023年に向けて

 昨年の目標に書いておきながらできていないユーゴスラヴィア魔法少女ノベルスシリーズの完結を2023年中には目指したいと考えています。春までには、というのは既に厳しそうなので2023年の秋になるかと思います。

 また、これを完結させる中でもう一度構成力の点についてインプットが必要なので、ここらへんは勉強必須として、何冊か積んでいるハウツー本を消化するのが目標になりそうです。言うだけならタダだが買った本はタダじゃねーんだよダボが。

 一方で正直構成力については「そこまで必要か?」という疑念があり、まあ程々に、というモチベーションです。今年やったみたいな尖った文体の方が趣味として創作する上でやっぱり面白れえので、そりゃ文体と構成を両立できりゃいいんでしょうけど、第一の目的としてはこの文章でとにかく遊ぶことかなと、とりあえずそういう戦略というか哲学でやっていきます。

 

5.最後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕事」

「アニメ」

「散歩」

「麻婆」

「飲酒」

「小説」

「音楽」

 

俺の生活。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年サークル活動の総括

 シャツを着るのも鬱陶しいほどクソ暑い夏が一瞬間にして惨殺されたかと思えば瞬きと驚きの間隙に秋も初秋も晩秋もその色彩のかすかな濃淡を楽しむ間もなく鏖殺されてしまい厚いコートを着込んでは出勤の満員電車でサラリーマンという集合的で自我を持たない生物が汗まみれに汚れまくって都市を汚す肌寒い季節となっております今日この殺、如何お過ごしでしょうか。

 

 日頃より同人サークル・Juken/現代日本猶研をご愛顧いただきまことにありがとうございます。

 

 先月11月23日に開催された第三十三回文学フリマ東京への参加を持って、Juken/現代日本猶研の2021年の即売会参加はすべて終了しましたので、誰も気にしてねーとは思うが今年の活動の振り返り、記録としてここに活動報告を掲載させていただきます。

 

 読まれなくても、こういうのは記録に残しとくことが大事なんだよ。

 

 

1.新刊の制作

 2021年は新作を2作刊行しました。2019年、2020年と2年続けて完全新作を頒布することができていなかったので、2作も出せたことに安堵しています。

 下記に、本年に頒布した新刊2冊についてご紹介します。

 

(1)Phototaxis Pixies Os Canibais

f:id:J_Makino:20211204225754p:plain

『Phototaxis Pixies Os Canibais』


 今年1作目は5月に新刊とした『Phototaxis Pixies Os Canibais』でした。本来2020年年末開催予定だったコミックマーケットC99に合わせて制作していたものでしたが、同イベントが新型コロナのため中止となったことで、約半年ほど遅れて、2021年5月の第三十二回文学フリマ東京から頒布したものとなりました。書き終わったのは2020年の夏頃だったのに。

 本作はこのサークルが2015年頃から続けているユーゴスラヴィアと現代史に魔法少女、百合、SF、バイオレンスなどの要素を組み合わせたノベルスシリーズ『Phototaxis Pixies』の三作目になります。

 特に本作は百合とバイオレンス、それからスピード感のある文体にチャレンジした作品でした。書き始めた頃に古川日出男の『ベルカ、吠えないのか?』を読み、「これだ!」と興奮したことを覚えています。『ベルカ』で気に入ってるのはその切れ味のある文章もそうですが、それに加えて文庫裏表紙の紹介文にも載っている「エンタメと文芸の幸福なハイブリッド」というコンセプト。前から目標にしていたことではありますが、『ベルカ』やその他の古川作品、またそこから三島由紀夫賞作品に手を出して読書の幅を広げられたことは、拙作にも多少なりとも良い影響を与えていたかと振り返られるでしょう。

 同時に作品を書く上で取り組みたいテーマとしていたのは物語の「個別性」というか、「どうでもよさ」でもありました。タランティーノの『パルプ・フィクション』や『レザボアドッグス』みたいに、「どうでもよさ」が物語的に機能する作品に憧憬みたいなものを感じていて、これをどう表現しようかなと思ったときに、「歴史という全体性」と「キャラクターたちの関係という個別性」のコントラストに落とし込もうと狙った(撃ち抜いたかどうかは、ともかく)のがこの作品のテーマ、というほどのものではないですが、作品を貫くモチベーションだっかなと思います。

 タイトルを拝借したマノエル・ド・オリヴェイラの『カニバイシュ』もそのモチベーションを生む上で、また作品のモチーフを考える上で非常に影響を受けた作品です。この映画のラストがめちゃくちゃ好きすぎる。

 在庫がまだあるので今後もイベントで既刊として頒布していく予定です。

 

 本作は早川書房が主催する第九回ハヤカワSFコンテストに応募し、一次選考通過、二次選考で落選という結果になりました。そのことに関する反省というか振り返りみたいなものはまた別の記事でやっていますので、興味ある方はご参照ください。

 

j-makino.hatenablog.com

 

(2)Phototaxis Pixies strange lovers

f:id:J_Makino:20211204225718p:plain

『Phototaxis Pixies Strange Lovers』


 2作目は9月にCOMITIA137にて新刊として頒布した『Phototaxis Pixies Strange Lovers』でした。

『Os Canibais』はバイオレンスに寄せた湿度高めの作品でしたが、こちらは爽やかさを狙った作品で、かつモチベーションとしても「全体と個別のコントラスト」であった前作から転換して「全体と接続する個別性」を一つのテーマに書いた作品です。

 このスタートラインについては、このブログにも以前掲載した「全体について考えている」に書いたほか、同記事をもう少しリファインして評論サークル不毛連盟様の『ボクラ・ネクラ 第三集』に掲載した「わたしたちは何も大丈夫ではないです」でももう少し書かせてもらっています。また、「わたしたちは何も大丈夫ではないです」は上記『Strange Lovers』にも収録してします。

 

j-makino.hatenablog.com

 

 上記の記事を読むとわかりますが、作品のコンセプトになったのは音楽、とりわけ春ねむりや不可思議/wonderboyといったポエトリーラップ・リーディングでした。アルバム『春と修羅』、『sayonara,』はマジの名盤なので聞いてください。

 全然作品の話してないけど、こちらもまだ在庫あるので気になる人は読んでください。通販もしてるし、pixivでも全文無料公開してます。

 

juken.booth.pm

2.会計報告

(1)収支について

f:id:J_Makino:20211204231055p:plain

 赤字です。

 

支出について

 2021年は5月の第三十二回文学フリマ東京、6月COMITIA136、9月COMITIA137、11月第三十二回文学フリマ東京に参加しましたがイベント参加費用は24,800円でした。

 印刷費は新刊2冊に26,090円、合計して50,890円でした。交通費だとか事務消耗品費だとかはカウントしてません。

 

②収入について

 各イベント及びBOOTH通販での売上は合計25,272円でした。1冊500円なので販売部数はだいたいわかるかと思います。

 

 というわけで収支は▲25,618円となっています。印刷費は回収できるかと思ってましたが、ダメでした。

 

 なお、売上金の25,272円のうち25,000円は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に寄付される予定です。残りの272円で俺はビールとつまみを買う。

www.japanforunhcr.org

(2)価格設定について

 新刊2冊とも価格は500円(BOOTHでは600円)として設定しています。完売すると印刷費は回収可能だがイベント参加費用は???というくらいの価格です。つまり採算は度外視で、ある程度多くの人読んでくれねえかな、あるいは文芸同人の相場を破壊してえなと思って以前からこの価格設定にしていましたが、あるイベントで参加者の方に「この価格なら買ってやるか(意訳含む)」みたいなことを言われたのと、より多くの難民を救うために来年から新刊は(コストにもよりますが)1,000円にします。

 買われることと読まれることは違うのと、ある種の肯定感と、コストの回収と、それから小銭を準備するのがめんどくせえんだわ(既刊はこのまま500円で頒布します)。

 

3.2022年の計画

(1)同人誌の制作について

 現行の『Phototaxis Pixies』シリーズの完結を目指します。現在最終巻を制作中で、これを2022年秋までに頒布したいと、別に明確なガントチャートがあるわけではないのですが、やっていっています。

 その他、できれば短編・中編の一次創作ができれば。また、言うだけタダなので今までに出した『Phototaxis Pixies』シリーズをまとめた愛蔵版みたいなやつでも出せたら? みたいなこともアイデアとしてはあります。そんな体力がお前にあるのか?

 

(2)参加イベントについて

 新型コロナの感染状況にもよるので確定はしていませんが、例年通り春頃からの活動を計画しています。文フリ東京とコミティアからスタートしようかと思います。

 一方で、毎年同じイベントに参加しているとマンネリ化しそうなので今年は地方の即売会にも参加したいと考えています(それもコロナの状況が許せばではありますが)。とりあえずは北海道や東北、あるいは中京地域へのイベント参加をしたいなあと漠然と思考中。あと群馬の文フリ前橋とか。地方開催を推進して全国的にクリエイターに表現の場を用意してるコミティア文学フリマは普通に偉いと思う。

 一度コミケで現行シリーズの一部を頒布しているので、最終巻出すときはコミケでも頒布したいなと思っています。恐らく冬コミ。また、それをもってコミケへのサークル参加は一旦休止する方向で行きたいと思います。コミケの理念と実態がおじさんよくわかんなくなってきたので。

 

4.最後に

 マジでこれしかなくなってきたぜ。

ハヤカワSFコンテストの振り返り。

 ハヤカワSFコンテストに応募して二次選考で落ちた。

 そこで講評をもらったり、最近創作に関してふわふわと考えていたことがあるので、コンテストの振り返りという名目で備忘録的にここに色々と書き記しておきたい。

 一旦色々と書いてみたけど誰かのためになりそうなことは何も書いていないので、「文章書いてる人間がどういうことをしているのか」に興味がある人向けな感じになると思います。俺はお前に対するアクチュアリティなんて知らねえよ。

 

 

1.創作に役立ったことかもしれんシリーズ

(1)ちゃんと言語文化に触れる。

 つまり本を読むってことだろ。素朴すぎるだろ。解散。バカか? アウシュヴィッツ以後に詩を書くなカス。

 

 冗談は置いておいて、応募作を書き始めるちょっと前から、どういうモチベか思い出せないのだが三島由紀夫賞受賞作を読みまくるという謎の読書企画にひとり興じていた。たぶん、同章を受賞している古川日出男の『LOVE』(めちゃくちゃ面白い)を読んで、その流れで他の受賞作を読もうという気になったらしい。ハヤカワSFコンテストの受賞作を読めよと思うが当時はまだコンテストに応募するとか微塵も考えていなかったので許して欲しい。

 

 三島賞作品で、様々な作品と文体に改めて触れることができたのが良かったのかもしれない。個人的に古川のパワーと切れ味ある文体が好きなのだが、それとは全く性格の異なる村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』の湿度のある文章、蓮實重彦『伯爵夫人』の官能的な文章、田中慎弥『切れた鎖』の重苦しい文章に付き合わされたりしたのは、時にかなりイライラすることもあったのだが、自分の文章を考える上で結構良いインプットになったと考えている。

 

 ここでいうインプットとは、そうした多種多様な文章を自分でアウトプットできるようになるためという意味ではなくて、まず色々な文章の中で自分がどんな文体を理想としているかを再確認するためのインプットだと、後付けではあるがそう考える。結果的に自分が書いた応募作の文章は受賞作の劣化コピーみたいなそれだったのだが、それはそれでまあ面白かったのでよしとしたい。

 

 ちなみに三島賞の中でおもしれーと思ったのは上述の古川日出男村田沙耶香のほか、佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』、鈴木清剛ロックンロールミシン』とか。やっぱり比較的あっさりというか、リズミカルな文章の方が好きかもしれん。

 そうは言いつつも、三島賞ラソン小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』で挫折して進捗半分も行ってないので、また今度再開します。

 

 とにかく文章を読むこと、そしてしっかりと評価を受けた作品であること、そして多様な文章・作品に触れること。頭ではわかっていても「ウルセーコノヤロー!」と思いがちなそれなのだが、やっぱり基本はそれなんだよなと実感した。

 

 少し嫌な書き方になるけど、一時期ネット発の非常に淡白な文章の小説を読んでるときに文章を書こうとしたら自分の文章もつられて味気ないそれになってしまったことがある。もちろん読む/書くの回路を分離できていない、あるいは自分の文章を持ってない自分が悪いのだが、それ以来あまり文章に特徴がない小説は立て続けに読まないようにしている。

f:id:J_Makino:20210814141825p:plain

古川日出男『LOVE』新潮文庫、2010年

 

(2)即興小説

sokkyo-shosetsu.com

 文体の、あるいはアウトプットの話。理想的な文章に向けてどう出力を訓練していくか。

 

 素朴な結論。出力しまくること。解散。

 

 あまり最近は周りで使っている人を見ないが、即興小説トレーニングなるサイトを時々思い出したように利用している。即興小説はその名の通り、与えられたお題に基づいて制限時間以内に一本の小説を書くと言うもので、サイトのコンセプトも「とにかく書くこと」を主眼としたものだ。

 最近さぼっているが、よくよく振り返って見ると上の三島賞ラソンと並行しながら即興小説トレーニングをやっていたのは効果的だったかもしれない。

 

 私論として、文章を書くときは頭3割の身体7割くらいの比率で文章を出力していると思っている。勿論文章をひねり出すときは頭10割だが、何万文字という長編小説を書いているとき、平均化するとアウトプットにかかるリソースの半分以上は体感的なものだと考えている。言い方は色々あるのだろうが、筆が乗っているというのは一種のトランス状態なのかもしれない。このトランス状態にどう持っていくかは、結構訓練的なそれが大きな要因を持つのではないだろうかと勝手に考えている。

 

 なので文章をアウトプットするためにはまず身体的な訓練が必要になる。なんでもいいからとりあえず書くこと。理想とする文章・文体を見つけた上で、同じような文章が出力できるよう訓練を繰り返すこと。別に毎日毎日即興小説をやっていたわけではないが、繰り返しながら文章練習をできたのはなんやかんやで後々好影響だったのではと思っている。

 

 話はだいぶ変わるが、文章の出力が身体に依るのでキーボードが変わると途端に調子が狂ったりする。先日7年間ほど使っていたポメラからスマホBluetoothキーボードの組み合わせに切り替えたが、あまり慣れていない。フリック入力も無理。スマホ上のOne noteで文章を書いて校正しているのだが、フリック入力で本文を書く気にはなれなかった。ここらへん克服できるともうちょっと作業速度速くなるんじゃね。脱身体!!!!!!!

 

 

f:id:J_Makino:20210814142100p:plain

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』(菊池淳子訳)、フィルムアート社、2010年

(3)習慣化

 身体的な文章の執筆と関連することとして、物を書く上では習慣的に書くことも重要だろう。平日は忙しくて書けないから、休日にまとめて書こうとしても大抵うまくいかない。習慣的に小説の文章を書くことを身体が覚えていないといざやるぞとなってもなかなかエンジンが掛からない。筆が速い人はここらへんのスイッチがうまいのだろうが、筆者はまったくそういうのが苦手なので、習慣的に書くことにしている。具体的には出勤する直前1時間弱まで会社近くの喫茶店で書いている。休みの日はまあ気が向いたらというくらいのペース。

 外山滋比古も『思考の整理学』で言っていたが、アイデアをまとめて放出するのは朝一番が絶対に良い。頭がスッキリしていて言葉がスムーズに出てきやすいのは抜群に朝だろう。だいたい通勤時間が1時間くらいで、その間に上に挙げたような文芸を読んでたりするとよりすらすら書けたりする。一応昼休みもできたりするが、その場合は朝書いた文章を見直す程度になる。

 夜はほとんど書かない、というか書けない。仕事やってると、午後からほとんど言語出力のためのリソースが頭に残されていないのでほとんど書けないし、そういう状況で出力される文章もたいてい満足行くものではないので、疲れたら素直に休むべきだろう。体力的に余裕がある場合は同人誌用のイラストの時間に充てたりしていた。

 ブレイク・スナイダーのシナリオ・脚本術本『SAVE THE CATの法則』で言及されていたが、この著者も脚本などの文章をクリエイトすることで食べていきたい人は最初あまり頭を使わないアルバイトをやりながらプロを目指すのが良いと勧めていた。その意味も体力的に実感するところではある。

 シナリオ本の関係で行くとクリストファー・ボグラーの『物語の法則』でも習慣化について言及していた。しっかりと頭を使って文章を書くことを習慣化しておくことが重要と当然のことを言っているのだが、注意点として「脳の排泄物のような文章」では意味がないとしている。twitterみたいなカス文章の集積場でいくら言葉を積み重ねても意味がねえというのは全面同意する。インターネットをやめろ!!!!!!!!

 

f:id:J_Makino:20210814142918p:plain

外山滋比古『思考の整理学』ちくま文庫、1986年

2.反省点

 

 反省していることであって実際に取り組むかどうかは知らない。

 

(1)物語の構成力

 ハヤカワSFコンテストはありがたいことに二次選考落選者に講評を送ってくれるというので、依頼してみた。一、二週間くらいしてから返信があった。

 講評内容についてはあまり詳しく書く場でもないが、大意としては「文章は良かったが、物語の展開が浅く読ませる求心力がない。設定がおざなりになっているのも残念」みたいな感じだった。こう正面からちゃんと評価されるのが久方なかったので衝撃を受けつつも、「まあそうやな~」と納得感マシマシに思った。

 

 小説を書き始めた頃から「小説/物語の書き方」みたいなスキル・ハウツー本が嫌いで、あまり珍しくもないと思うが「文章の書き方は己一人でつかみ取るもんじゃい」みたいなギザギザハートの感性で10年以上やっていた。そのせいでシナリオ・ストーリー・キャラクターの構成方法とかも全然インプットしたことがなかった。

 少し前に漫画にチャレンジしてみようと思って、その際に大塚英志の本をいくつか読んで、その流れの中で初めて映画のシナリオ・脚本術の本を手に取った。ようやく上述の『物語の法則』や『SAVE THE CATの法則』のほかシド・フィールドなどを読んで結構面白えなと思ったが、読んだだけだとあんまり習得できていないっぽい。

 書籍によるインプットとというのも、ただ読んだだけだとあまり体系的な理解ができないのが常だろう。読んだだけ本の内容なんかすぐ忘れる。やっぱりここでも習慣的なアウトプットが必要なのかもしれんなあとしみじみしているので、何かしらの方策を立てるかあとなっている。

 即興小説は物語の構成(それも長編)という面からはもっとも遠いのであまり練習にならないだろう。一時期映画を見ながらその内容を振り返って物語を分解しようと思っていたが、なかなか難しく挫折している。

 これも訓練なのかな、よくわからんわ。

 

 少し脱線して、映画の話。映画が小説の創作にどう影響するかは何もいえないが、個人的には物語のコンセプトを考える上で役に立ったと思う。イメージが明確なので、「こういう場面を文章で表現したい」に繋がりやすいのかと思う。ここ数年書いている小説も、大抵は映画からコンセプトを拝借していると今気づいた。

 

(2)「趣味的」な書き方

 文章趣味に対する態度に関する話。

 趣味で書いているから趣味なのはそりゃそうなのだが、それを言い訳にしていると面白れぇもんも書けねえんだろうなとも徒然思う。講評の中では物語の求心力という書き方になっていたが、言ってしまえば「文章・物語が独りよがり」なところが強かったのだろう。個人的に「自分の作品を他者に完全に理解されたら負け」のようなめんどくせえ価値観で文章を書いているところがあるので、そう評価されたら何も言うことはねえです。

 

 そういう独善性を抜け出して、読者の視点であるとか、読み手の楽しみ方みたいなところまで射程を延長できると書けるものもだいぶ変わってくるのかもしれない。ここらへんは読者視点の訓練が必要なのとも思うが、なかなか難しそうだ。

 学生時代にカルチャーセンターでバイトをしていたのだが、創作教室としてプロの作家を講師としつつ、作品を持ち寄って生徒同士が講評する講座があったのだが、やっぱりああいう複数の視点が絡み合うのが有効なんだろうと今更思い出したりした。

 少し話は違うが、そういえば新型コロナで酒が飲めなくなる前は割とオタク仲間たちで酒を飲んでアニメや小説がどうだ、同人誌の作り方がどうだ、とやっていたが、あれはあれで創作行為の推進力になっていたなと今更ながら思い出す。コミュニケーションが大事というのは素朴過ぎるのでここでは言いません。

 

 趣味で書いていて、読ませる対象を現時点では自分しか設定していない、「自分が読んでそれで面白ければオーケー」と考えているので、この考え方を脱却しない限りレベルアップは難しそうだ。

 

 いやでも面白えもん書くのが目標なのかな? 面白いければええんか? よくわからんわ。そこらへんよくわかっていないのにエンタメ系のコンテストに応募するなよ。

 

 それと趣味的な態度によって文章趣味を続けられているところもあるが、この点は後述する。

 

3.最近思っていること

(1)創作行為にあまり意味や価値を求めない。

 さっきの趣味の話と関連することでもあるが、あまり創作行為・文章行為に意味や価値を求めない方がいいだろうなと常々感じている。

 ネガティヴな話からすれば、一つにこれが自分の作品のクオリティに対する言い訳になるからで、端的に言ってしまえば「つまらないだろうがなんだろうが、これは俺が俺に向けて書いてんだからそれでいいだろ」という着地点を容易に見つけられるのだ。

 勿論上述した通り、その態度が作品のブラッシュアップを阻害している面もあるのだが、それと背中合わせになるように長期的なモチベ・インセンティヴの維持になっているという面もある。

 言ってしまえばマスターベーションであるのだが、自分で書いて自分で満足するという完結した構図だと、特別にこう文章行為に対して失望することがない。究極的な目標がないので、終わりなき道程をひたすら歩いている形になる。何か目標を設定して、それに届かなかったり絶望して文章行為を諦めてしまうよりは、こっちの方が良くねと、勝手に判断している。

 

 たまに「何で俺小説書いてるんやろなあ」みたいな虚無感に襲われることもあるが、そういう瞬間に耐えられるのは文章行為にそこまでウェイトを置いていないからで、そういう回避力や防御力がないと、一途に行為・趣味を継続するのは難しいんじゃないかと思う。何で文章行為を10年以上継続しているのかはよくわからないが。

 

 勘違いされたくないのは、じゃあお前の文章は本気じゃないのかい、とか言われるとそんなことはないです。書いているときは本気で文章書いていると、少なくとも自分ではそう思っていて、そうじゃなかったら十数万字のクソ長え小説書くことはねえだろ。ふざけて文章を十数万字書くのを10年以上継続してるヤツいたら狂気だろ。

 

 書いていて思ったが、文章行為が趣味として生活に接続されているというよりは、生活の延長線上にあるのだと思う。小説書いて、読んで、おもしれーと思うことはまああるが大抵は「これ早くやめてー」と常々思っている。早くやめたい趣味ってなんだよ。ある意味、家事の一種なのかもしれない。家事は苦手だが。

 応募作を書き終わって、あースッキリした、と思いつつも、何か仕掛かってないとそれはそれで気持ち悪くて、結局また長編を書いてしまって、おそらくやめる方法を知らねえんだろう。

 

  何故かMCバトルの話。呂布カルマが引退宣言した後の晋平太とぶち当たって、「お前今苦渋舐めてるの気付いてんだったらすぐやめるべきだよ これは忠告」「俺もいつか舐めることになる苦渋 ふざけんなfxck yon  俺は舐めやしねえ 舐めるとしたら俺は手前で吐いた唾を飲み込むだけ お前とは違う自分で飲み込むだけだぜ」とぶちかましたときはバチかっけえと思ったが、苦渋舐めてもやめらんねえ晋平太もリアルなんだよなあと今頃になって思う。

呂布カルマの「今日ここでお前の息の根きっちり止めてやんねえと どうせお前はやめらんねえだろうが」はマジで晋平太へのLOVEが感じられる最高のバースなのだが、俺も誰か100:0でボコしてくれ、俺の息の根を止めてくれ、マジで。

 

www.youtube.com

 (追記:ここで晋平太の言ってる「苦渋」ってバトルのことじゃなくてYoutube活動のこと言ってんじゃねと後で気づいた)

  インターネット世論の話。やめろ。TwitterなんかのSNSだとクリエイターや作家が影響力を持ちやすいからだろうが、創作行為に対する価値の付与が過剰に感じる。

 創作してるから偉いとか、まあそこまでは誰も言っていないだろうが、そんなことはない。結構「創作しなきゃ」みたいな切迫感や義務感を持っている人がいるが、仕事などでなければ創作なんかやりたいときにやるだけでいいだろ。

 それから、創作行為や創作物に何か特別な意味を与える行為も違和感を覚える。創作行為・作品はそれ以上でもそれ以下でもない、受け手側が特別な価値や意味を見出すのは自由であると思うが、書き手側が何か創作することに「祈り」のような意味を付与することには、個人的に違うだろと思っている。その「祈り」を含めて創作というのならそうかもしれないが。この話はここで終わりです。

 

付録

出てきた本一覧

古川日出男『LOVE』新潮文庫、2010年

村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』朝日文庫、2012年

蓮見重彦『伯爵夫人』新潮文庫、2018年

田中慎弥『切れた鎖』新潮文庫、2010年

鈴木清剛ロックンロールミシン新潮文庫、2002年

佐伯一麦『ア・ルースボーイ』新潮文庫、1994年

小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』朝日文庫、2005年

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』(菊池淳子訳)、フィルムアート社、2010年

クリストファー・ボグラー、デイビッド・マッケナ『物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術』(府川由美恵訳)、KADOKAWA、2013年

外山滋比古『思考の整理学』ちくま文庫、1986年

 

コンテスト応募作

 今回応募した作品はPixivで公開してます。PixivなりTwitterなりで感想貰えると助かるかもしれん。

www.pixiv.net

 

 書籍版も通販してるらしいです。 

juken.booth.pm

 

通販じゃなくても、今度9月のコミティアと11月の文学フリマ東京で新刊と併せて頒布する予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の下書き見てたらこんな文章があった。これかもしれん。そうだな。

f:id:J_Makino:20210814143901p:plain

 

室賀厚作品レビュー企画(第3回):『SCORE』

バックナンバーは一番下です。参照するのか?

 

はじめに

前回更新から2日だぞ。大丈夫かこのペース。

今回紹介するのは1996年公開の『SCORE』です。松竹系で室賀監督の劇映画デビュー作。『レザボア・ドッグス』が『男たちの挽歌』です。またかよ。でも俺は室賀監督作品群最高傑作だと思ってるよ。

『SCORE』

 

f:id:J_Makino:20201123170828p:plain

『SCORE』(1996年)

公開:一九九六年(一部では九五年公開とされるが先行公開と推測。全国公開は九六年一月なのでこれを正とした)

制作:松竹第一興行、バンダイビジュアル

製作:奥山和由

脚本:室賀厚・大川俊道

出演:小沢仁志、江原修、小沢和義宇梶剛士、高野みゆき、水上竜士、宮坂ひろし、他

 

あらすじ:

 舞台は現代、東南アジアのどこかの国。

 懲役刑を受けていた銀行強盗のプロ・チャンス(小沢仁志)は犯罪組織のボス・大佐(宇梶剛士)の裏工作により釈放される。大佐に借金を抱えるチャンスに再び強盗をさせるのが大佐の目的だった。新たに仲間三人も加えて、チャンスは宝石強盗を計画、実行しこれを成功させる。

 後は郊外の廃工場で大佐から金を受け取るだけだったが、その途中にイカれたヒッチハイク強盗のTJ(小沢和義)に目をつけられて宝石を奪われてしまう。更に仲間内でも宝石の独り占めを狙って裏切りが起き、廃工場は欲望渦巻く熾烈な銃撃戦に飲み込まれることになる。

 

レビュー:

 前回『ザ・ワイルド・ビート』のレビューで紹介した通り、前作を小沢仁志に紹介された奥山和由がそのアクション演出を気に入って実現した企画。本作が室賀厚にとって劇映画デビューとなる。

 作品の筋も前作から変わらず、『レザボア・ドッグス』なビジュアルと男たちの裏切りをファクターに『男たちの挽歌』みたいな銃撃戦とドラマを組み合わせたアクション映画となっている。

 見ていると感じることだが、時間の経過が非常に速い。セリフでストーリーを進めることがほとんどなく、基本的にアクションだけで画面を転がしていくので画面のテンポが異常に良い。

 逆にセリフはほとんどキャクターを紹介するため、あるいは場の演出に使われている。キザったらしい、あるいはアニメチックなキャラクターたちがキザったらしい言葉を吐き続けるので「そんなヤツおらんやん!」「アニメじゃん!」など叫び続けることになるが、そういう尖ったところが気にってるから見てんだよこっちは。なお劇場公開後に月刊シナリオ(一九九六年二月号)で室賀厚と大川俊道の対談インタビュー記事が掲載されているが、両名とも脚本についてはストーリーよりもアクションに重きを置いた、アクションを見せるための映画と割り切っているようだ。また、当初は大川が全面的に室賀の脚本のリライトを行ってから撮影を始めたが現場で室賀がアクションのためにバンバン脚本を変更したとのこと。そんな話を月刊シナリオでするな。

 正直、そうしたアクション重視の面があるためどうしてもアクションの比率が低い前半部は結構退屈な印象を受ける。特に外から乱入してきて物語をひっちゃかめっちゃかに掻き回すヒッチハイク強盗のカップルはそのどぎついキャラクターも相まってなかなか応える。勝手な推測としてカップルの女・沙羅のキャラクターは奥山和由の提案っぽい。それまでの室賀作品には見られないキャラクターだが、奥山製作の『いつかギラギラする日』(一九九二年、深作欣二監督)で荻野目慶子が演じるイカれた女に似ててなんか邪推しちゃうんだよな。それと、沙羅を演じた高野みゆきについては何も情報がない。本作と同時期に公開されたジュブナイルホラー『地獄堂霊界通信』(一九九六年、監督:那須博之)にわずかに出演しているらしいが、それ以上のことはとりあえずネットではほとんどわからなかった。

 後半のアクションシーンはしかし溜めていただけあって見ものだ。明らかに不要なほどでかいショットガンを振り回す宮坂ひろしや、恐らくフィリピン現地で採用したであろう謎の殺し屋三人組、それに対抗する主人公たちはバチバチチョウ・ユンファを憑依させて二丁拳銃やら台車突撃射撃(?)で敵を蹴散らしていく。そしてどこかで聞いたことのあるようなキザなセリフ、最高! 個人的に気に入っているのは小沢が「チャンス」の名の由来を回収した後の宮坂とやる殴り合いのような銃撃戦です。

(どうでもいいが劇中銃弾何発もぶち込まれてシャツが赤くなっても小沢や江原が生き生きしているのはやっぱりこの映画のダメージシステムがFPSみたいに時間経過回復方式を採っているからだろう)

 ラストには思い出したように『レザボア・ドッグス』要素が復活する。いきなりここでドラマになる⁉ と思いながらも、こういう終わり方でいいのよとも思う。そっからシームレスに突入するかっけえロックとエンディング。こういうのでいいのよ。あるとき、本作が初見だという人々に見せたら「まさか最後〇〇じゃないよね?」と見事に最後の演出を言い当てられて感動したことを覚えている。

 再び月刊シナリオのインタビュー記事に戻るが、アクション優先という脚本も、突き詰めて言うと室賀のやりたいことを優先させた映画でもあるという。室賀の先輩でありドラマ脚本の経験も厚い大川も「お行儀のよい」脚本を用意することはできたかもしれないが、そうではなく室賀の尖りまくったアクション演出に対する感性を絞り切った結果生まれたのが本作だろう。

 更にそこに北野武ソナチネ』、石井隆『GONIN』など切れ味のある九〇年代バイオレンス映画に深く関わってきた奥山が関与することで作家性とエンタメ性の両立にまとまりができたのかもしれない。ある意味、九〇年代のオリジナルビデオにおけるバイオレンスを駆けてきた室賀厚と大川俊道と、劇映画における九〇年代バイオレンスをプロデュースしてきた奥山和由という二つのバイオレンスの合流なのかもしれない。

 

 劇場公開にあたって、本作は製作費を抑えて可能な限り広告宣伝費に資金を回すという特異な戦略が採られている。これが功を奏して、(一部で)話題作となり、一九九六年の第五十回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第十七回ヨコハマ映画祭の新人監督賞および、出演俳優陣について審査員特別賞を受賞している。

 この賞以後室賀厚は映画関係の受賞から離れてしまうが、本作の俳優陣は後の室賀作品にも長らく出演し、北野軍団のようなキャスティングが続くことになる。特に江原修(現在は江原シュウ名義)はこの後に室賀厚の劇映画二作目となる『THE GROUND 地雷撤去隊』で主演に起用され、以後も多くの室賀作品に重要な役で出演している。

 本作に正式な続編はないが、小沢仁志が自ら監督した『SCORE2』がある。本作との繋がりは一切なく、室賀も関与していないのでほぼ小沢のオリジナル作品である。

 

 総括になるが、やっぱり監督やプロデューサーがやりたいことやってると見ている方も気持ちがいいという感想を持ってしまう。下手なことを考えず、脇道に逸れず、やりたいことをやる、そうした熱意とスタイルをひしひしと感じられるのが『SCORE』だろう。初期の北野映画もそうだが、隠しきれない作り手側の興奮であるとか熱意があると嬉しくなってしまう。別に「お行儀のよさ」は映画に求めていないのだ。むしろ、クリエイターはスクリーンの中で思う存分暴れてほしい。それをやっているのが『SCORE』の室賀厚なのだ。この映画にそうした室賀作品の醍醐味が詰め込まれているだろう。

 同時に、これは時代の映画でもあると思う。八〇年代末からのオリジナルビデオの隆盛、松竹における奥山和由の快進撃、経済面から個々の作家性の面でも勢いのあった映画界……そうしたノスタルジアに浸るわけではないが、一つの時代の映画として、その一端を垣間見ることのできる作品として、少し長めに紹介しておきたい作品だ。

 

おわりに

『SCORE』の視聴方法。一応は松竹系でそれなりにヒットした作品なのでDVDが流通しています。そう多くはないけどレンタルビデオショップにも並んでいるかも。今回はDVDを購入しての視聴。

次回は何も考えてません。そろそろ立て続けに見るの辛くなってきたな。

バックナンバー

j-makino.hatenablog.com

j-makino.hatenablog.com